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二足歩行の不思議

昨年、南アフリカを旅行した時、人類の祖先の足跡を探る目的でフォlンテーヌ洞窟、ラースゲール洞窟などの350万年前の人骨や化石を見てきました。ダーウインの仮説では大木の幹から枝が分かれるように人は進化したと考えられてきましたが、実は、かなりの前人類は絶滅しており、肉食であった一部の種のみ今日に生き残っているそうである。人は2足歩行で、走ると獣より遅い、そして不安定である。確かに手は使いやすいが、牙もなく、堅い甲羅もない、腕力も獣にはかなわない。草原へ繰り出した途端、獣の餌食になることは間違いない。絶滅もあり得るシナリオである。おそらく、獣と戦い、道具を工夫し戦い方を学んだ種族が生き残ったのではと想像された。いずれにしても、人は2足歩行をはじめから選んだのである。不安定で歩きにくい、そして遅い移動しかできない2足歩行を絶滅の危険があるのに続けてきた理由は何だったのだろう。確かに、指や手は器用になり、脳も発達しましたが、350年あるいは500万年ともいわれる歴史ある2足歩行が、どれほど発達してきたのだろうか。陸上100メートル競争世界記録では、ウサインボルトの9秒58、最大速度44.7km/時でカバやイノシシにも及ばない。(ワニ40㎞には勝てそうだが・・・)高齢になると平衡感覚が悪くなり転倒しやすくなる。そのため、現代では転倒防止教室が展開され、骨粗鬆症の治療で、転倒時の骨折防止を考慮しなければならない。私の感想では、人類の歴の中で2足歩行は発達してきたとは思えない。ただ、チンパンジー、猿類の立位や歩行とは異なり、股関節中心の平地歩行、坂道での膝の連結動作、それに、膝をロックし長時間の立位が可能である。また、脊椎も骨盤も立位に適している。
 たぶん進化の過程で人は体幹筋を使いバランスをとり、さらに体の捻じれ動作も使いながら腰から下肢にかけて連動させる事を学んだのではないだろうか。それを助ける多方向に動く股関節、階段昇降時には膝関節が優位に動き、下腿や足関節は進む方向やスピードにに柔軟に対応する優れた連携機能をもっている。いわゆる体全体を使い、下肢の動きを助けるようになったということでしょうか。体操の難度の高い技は常に進化しているように、これからも、エクササイズのやり方によって2足歩行もまだまだ進化する可能性がありそうである。
私は、日夜、股関節や膝関節の手術をしながら、もっと効率のいい関節はできないものかと考えています。丸い球関節に曲げ伸ばし中心の蝶番関節と両関節にまたがる2関節筋を用いて、歩くだけでなく、スキーや2輪を乗りこなし、バレーやダンスを踊る事が出来る、そして、危険から身を守る瞬間移動の素早い動きが無意識のうちにできるようになれれば最高かと思っているのです。今、整形外科では、折しも“ロコモティブ シンドローム”いわゆる転倒しないための体造りが話題となっています。その診断、計測の具体的内容も提示されています。耳石や内耳を含む平衡感覚のエクササイズも必要で、やはり脳や小脳とのリレーションは欠かせませんが、不幸にも関節の障害で手術を受ける患者さんには、以前にはできなかった多くの動きが提供できるよう努力したいと思っています。そして不思議な2足歩行を少しでも解明できたら幸いです。

 
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Smile ! 松井秀樹&長嶋茂雄国民栄誉賞!

国民栄誉賞が長嶋茂雄と松井秀樹両氏に授与されました。
長嶋さんは、毎日歩行リハビリを欠かさず実行されており、焦って出勤する私の目の前を挨拶して通り過ぎて行かれます。私の家の前は坂道ですので、彼は、真っすぐ前を見て、片手を懸命に振って登っていきます。その後ろ姿に、生きる事にひたむきで、率直でいて妥協のない人生観が伝わってきます。長嶋さんの後ろ姿は、選手だった昔と全く変わらないように思えます。
 子供のころ、草野球で、背番号3をみんなで争った事を思いだします。長嶋さんは、神宮では6大学のスター、プロ初スタメンで、金田正一投手に連続4三振を喫するも、その後打ち崩し、日本シリーズ9連覇、天覧ホームランが象徴するように、試合が重要になればなるほど活躍したミスター、涙した後楽園の引退セレモニー、王監督率いるチームを破り日本一で銀座パレード、まさにミラクル、そう、あなたは永遠に不滅で、みんなの心の中に活き続けている人なのです。栄光の長嶋茂雄! 
 現役時代、彼は誰にも負けないくらい練習していた、と話していたことがありました。不調と言われながら、日本シリーズで最優秀選手として活躍した裏には、プロとしてひたすら技術を追求した努力があったに違いありません。才能ある人も懸命に生きているのである。
 その栄光のミスターの基で、試合後、毎回スイング練習してきた松井秀樹選手がこの度、引退しました。最も記憶に残っている事はと聞かれて、彼は、長嶋監督と毎試合後練習した事、と答えたそうです。ワールドシリーズでのホームランや最優秀選手になった事でなく・・・・。
 手首の骨折、膝手術、本望ではない指名打者、複数のチームを転々と移籍、選手としての晩年は、つらい事も多かったはずである。ただ、彼は逆風の中でも懸命にチームプレイに徹し、ニューヨークで初めて“控えめな選手”という表現をされた人である。また、高校時代から、人の悪口を言った事がないそうだ。夏の甲子園大会に星稜高校4番打者として臨み、5打席連続敬遠されたのはあまりにも有名な話だが、彼はその事でさえ、ピッチャーが勝負してくれたとしても打てたかどうか解らない。チームが負けたことは残念だが、私にとってはラッキーなことだったかもしれない。と、まさに控えめすぎる発言をしている。それは何事にもポジィティブな考え方をしようと努力しているようにも伺える。先日、NHKの番組で、最近、松井選手へのメールが多数寄せられている事を報道していました。その内容とは、松井選手の生き方に力ずけられた、つらい状況だが何とか努力していこうと背中を押された、というものらしい。本当に困った時こそ、自分を信じて前に進むことで、困難を乗り越えていかなければならない。松井選手もまた今後、活躍されていくでしょうし、我々も何とかしようというエネルギーさえ残っていれば進化していくと確信しています。そして、皆が同じ気持ちで世の中の輪で繋がっているのだと信じたいものです。そう思った時、“Smile”(チャップリン映画;モダンタイムスより) を自然に口ずさんでいました。
Smile though your heart is aching ~
微笑んでごらん 例え心が痛んでも
微笑んでごらん たとえ心が割かれても
空が雲に覆われても大丈夫 君が笑顔なら 
今はどんなに悲しくてもつらくても
微笑んでごらん きっと明日にはこれから良い事があるって思えるんだ。
(まだまだ捨てたもんじゃないよって思えるんだ)
君が明るい顔をするだけで 悲しかった事なんて見えなくなるよ
涙がこらえきれないと思ったら そんな時こそ頑張る時だよ

微笑もう 泣いたって仕方ないのさ
人生はまだまだ素晴らしいって解るはず
もし君が笑顔なら ・・・・

朝日に映えるエアーズロック(ウルル),そしてカウントダウンのシドニー

12月の師走に私はオーストラリアの真っただ中、ノーザンテリトリーにいた。目的は、赤土の荒野に忽然と姿を現すエアーズロックを見るためである。世界最大級の一枚岩、地球のへそ、アボリジニの聖地、砂漠の中の赤色砂岩など様々な顔を持つエアーズロック(ウルル)は、実はその形と色彩、バックの広大な平原に立つ雄姿にその存在の意味を深めている。
 朝4時起床。モーニングコールが鳴り、真っ暗な中をバスに乗り込む。エアーズロック・サンライズツアーの始まりである。到着した現地では、次第に朝焼けが始まり、岩肌を様々な色に変え、ついには鮮やかなサーモンピンクからオレンジ色へと変貌するエアーズロックの雄姿が出現する。その荘厳ともいえる朝日に映えるエアーズロックは、光を反射しつつ、月をも従え、荒野の真っただ中で、海中から隆起した太古の歴史を歌うように姿を見せるのである。数千にも及ぶ観光客は感嘆しつつ、口数少なく、その雄姿をカメラに収め続ける。地上高346m、周囲約9.4km、台形状の赤岩の何が人を引き寄せるのか。私はシャッターを切りつつ、何故、と自身に問いかけた。そう、それは灼熱の砂漠で生き抜いてきた孤高の存在を語っている。そして、その色は、限りなくやわらかなオレンジ色であり、そそり立つ台形状の壁が人に畏敬の念を抱かせる。つまりその姿を見る人の気持ちが岩に投影され、自分が生きている意味さえ映し出されそうなのである。
後日、ヘリコプターにて空からのウルルを眺めた。天気晴朗なれど風強し、バランスボードに乗っているがごとく小刻みに揺れる機体を、パイロットは何事もないように操縦する。飛び立ってすぐ、丸い地平線上にウルルが浮かび上がる。何と赤い塊なのだろう。広い荒野の真っただ中に落下した隕石みたいだ。周りは何もない。歩いて眺めた様子とは異なり、オーストラリアの大地に対するウルルの意味を示してくれる。どうして君はそこにいるのだ、その存在感の大きさは何故なんだ、と問いかけたくなる。ウルルは、やはり孤高の存在であるが故、人は自分の気持ちを投影しやすいのではないだろうか。空から見るとこんなにわかりやすいものだと感心する。是非、空からのウルルを見ていただきたいとお勧めする次第である。

カウントダウンの日のシドニーはまさにカーニバルでもある. 町中、人の渦に嬌声が響き、広場では大道芸人の声と音楽に満ち溢れている。また、どの国にも定着したかのような、新たな年を祝う花火が打ち上げられる。
 それを見るため、街はさらに人でいっぱい、満タン状態だ。むろん南半球は夏であるが、さほど暑くなく、気温は20度程度で乾燥している。特に海岸沿いは何と気持ちの良い風だろう。四季がないとシドニー在住の人は言うが、1年を通じて安定した気候もいいのではないだろうか。
 ダーリングハーバーやサーキュラーキーの2か所の港周辺は、花火会場でもあり大道芸も多く、散歩していると楽しいところである。サーキュラーキーでは、アボリジニの金管楽器であるディジュリドゥ(Didgeridoo, Didjeridu)と8ビートやテクノビートと組み合わせた演奏が聞こえてきた。約2メートルはある長い筒状の楽器をアボリジニメイクの奏者が、様々なビートに合わせ演奏する。この音が何とも言えないうねりと様々な破裂音を奏で、バックビートと融合させ、独特のボリュームを持った力強い音楽を作り上げている。思わず聞き入ってしまい、挙句にその場でCDまで買ってしまった。この楽器の音を出す方法は、管の一端に口を当てて唇の振動などを利用するものである。それ故、なんとなくモンゴルのホーミー(モンゴル語:Хөөмий (Khöömii)、フーミーとも)という喉から発せられる笛のような声に近いように思えた。多くの音が共存している上、瞬時に変化する。しかし、心地よい。ディジュリドゥはさらに迫力ある音が特徴である。この音には、人に対しての癒し効果があるという。今後、多種の楽器とのコラボがあるかもしれない。
  ところで、シドニーカウントダウン花火は、20分に凝縮した打ち上げをするため、あっという間に終わるし、風下は煙で花火が見にくい状況となる。もう少し分けて打ち上げればいかがかと現地の人に尋ねると、これが花火だ、オーストラリアは隆盛なのだ、との返事であった。国の勢いを象徴した、まさに爆発である。
 
 また日中、この季節の公園(ロイヤルボタニックガーデンズ、ハイドパークなど)の散歩は、心地よい風と世界中から路上演奏家の音楽であふれ、楽しく過ごせる。緑と花にも囲まれ、ベンチに座っていると、まるで何年もこの場所にいるかのように錯覚する。ハーバーブリツジ、オペラハウス、正教会、など公園周囲の借景も多く、写真スポットでもある。ブルーマウンテンやハンターバレーなど、何も感じないが、公園で過ごした時間は印象深いものでした。
 
 シドニーでは、アボリジニアートの専門店がある。アボリジニと言っても多種族が存在するため、そのアートもやや異なる。自然や動物、人を現すものから円形、曲線の幾何学模様まで、色も多種である。KARLANGUという専門店に入ったが、店内はあふれんばかりの作品があり、あれこれ見ているうち、円形の抽象画を3つのキャンバスに描いた作品に目が止まった。日本に郵送してもらうことになり1件落着、マグカップもいいぞと調子に乗って買いましたが、帰国後、マグカップはもっとも好評なお土産となりました。実は、エアーズロックで、自分用にマグカップを買いましたが、アートとしてはこちらの方が斬新でいいと思います。但し、日常使用ではなく眺めて楽しむ逸品となりました。

 
 

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いしずえ整形外科

いい病院2012
いよいよ自分の世界を開拓する時だと思い、大きな決断ではありましたが、さらなる飛躍を信じて飛び出さずにはいられなかった、という思いがあります。この年齢になっても、はじめて気ずく事もあれば、自分を奮い立たせることもあるという不思議な感覚です。人に聞かれて、自分のことがはっきりすることもあるのだということも事実ですね。また、宗教と同じで、何かを信じていたい、それにより迷わず進んで行きたいのだと思います。
いずれにせよ、礎-いしずえ という文字どうりここから始めたいということなのです。

新「名医」の最新治療2011 記事


新「名医」の最新治療2011 記事
#、経験に基ずく人工関節置換術と患者に適したリハビリテーションで術後の機能向上を目指す

関節の痛みの改善を目指す人工関節置換術。西横浜国際総合病院の大久保俊彦医師は、その上で機能向上まで意識し、手術やリハビリテーションに取り組んでいる。
 #、機能向上や早期復帰を心がけ両足同時手術にも力を入れる
西横浜国際総合病院関節外科センターは若年から高齢者まで数々の関節疾患に対応し、設立した2009年4月から翌10年8月までの手術件数は301例、代表例として人工股関節172例、人工膝関節53例、寛骨臼回転骨切り術20例などを行う。センター長の大久保俊彦医師は、関節疾患治療に25年以上携わった経験と研究で術後の機能向上を意識した人工関節置換術を実施。「研究結果による人工関節の適切な設置位置、筋の処置などで以前より力を出しやすくなります」といい、早期社会復帰も目指す。
 近年では、さらなる治療期間の短縮を目指し、人工関節の両足同時手術も積極的に実施している。両足の手術が必要な患者は特に膝関節疾患で多いが、片足の手術と同じ入院期間で退院が可能だ。「両足を同時に手術すれば体のバランスや協調運動の調整がしやすくなります。手術直後に負担が生じますが、体力回復後は歩行やしゃがみこみ、立ち上がりが容易になります」と大久保医師は理由を述べる。

 #、術前からのプログラムや運動療法も考慮したリハビリ
大久保医師は機能向上のため、手術だけでなくリハビリも重視。手術から3週間後の退院時には杖なしの歩行を原則とし、退院後のリハビリ通院が必要ないプログラムを作成している。その他、術前プログラムも考慮するのが特徴。「手術前のリハビリで体の機能を向上させておけば、術後のリハビリが容易になるほか、血栓予防や術前の関節痛の軽減が可能です」と、その利点を語る。また、運動療法の効果にも着目し、患者に適したエクササイズの研究と指導にも取り組む。その一環として骨・関節研究会という団体を立ち上げ、術後患者に対し独自のエクササイズを行い、その結果からMIS(最小侵襲手術)の改良に努めるほか、横浜市後援の公開講座を開いて啓発に携わる。
 手術に加えリハビリ、エクササイズの指導など精力的な日々を過ごす大久保医師。これも動ける楽しさを患者に味わってほしいからだ。「痛い関節を放置せず、以前動けたあの頃に戻ろうという気持ちを持っていただきたいと思います」と語る。

【取材/鈴木 健太】

苔むす森に流れとどろく水の都

 南海にそびえる宮之浦岳は、花崗岩がせり上がりできたという九州一の高さを誇る、屋久島のシンボルである。林美智子をして1年に375日の雨が降る、と言わせたほど湿気を含んだ海風が宮之浦岳にぶつかり雨雲を作る。水は豊富である。その証拠に、多くの河川と滝がある。滝では、大川、千尋、などが代表的で、その水量の勢いは見るものにパワーを与えるといわれるほどである。また、アニメ、もののけ姫の舞台でもあり、その森は苔むす木々が深遠な静寂を飾り、いきなりでは近ずき難いが木々の形態が何ともいえず愁いをもって魅了する。私はここに来る度癒されて、流れる汗を忘れる。4月下旬、人影もまばらで、小川の流れが谷あいにこだまする。まさに道なき道を4時間進むと、屋久杉のシンボルである周径13メートル、樹齢四千年の縄文杉に到達する。縄文杉をはじめ巨大な屋久杉はすべて、見ている我々に何かを語りかける。それは教えのようでもあり、癒しの歌のようでもある。日差しが遮られ、幾つもの道しるべに分かれ道、迷いに迷う、まるで人生のようだと、独り言を言いながら、今後の自分の将来を思う。
 紹介:屋久島は、鹿児島より空と海(高速船、フェリーなど)から到達できます。1993年に世界遺産に登録され、屋久杉でも有名な自然遺産の島です。九州最南端の佐多岬から南南西に60キロほどの位置に浮かぶ周囲約130kmのほぼ円形(東西約28Km南北約24Km)の島で、面積は約500平方キロ、日本では7番目に大きな島ですが日本の面積の1000分の1(東京23区ほど)しかありません(車で島一周するとだいたい2時間ぐらい)。その小さな屋久島に、九州最高峰の宮之浦岳(1935m)をはじめ1000メートルを超す山々が46座もあり(うち1500メートルを超す峰は20座、九州の高峰の上位7位までがこの島に集中しています)、「洋上のアルプス」とも呼ばれています。
この地形がおりなす気候には、実に亜熱帯から亜寒帯までが含まれ、九州から北海道の気候が一つの島で見られるということになります。そして、島の90%を占める神秘的な森や特異な生態系に1500種、日本の植物種の7割以上の植物種がひしめきあい、さらに固有種(世界で屋久島だけに自生する固有の植物)が*約40種、屋久島を南限とする植物が約140種、北限とする植物が約20種も見られるという特性から「東洋のガラパゴス」とも呼ばれています。

『新名医の最新治療2010』掲載記事

『新名医の最新治療2010』
2009年11月20日 掲載

高齢化の進む昨今、老化を原因とする関節疾患に対する関節外科治療の需要が高まっている。西横浜国際総合病院では、今後の医療の柱に確実で長持ちする人工関節の必要性を感じ、関節外科センターを設けている。そこでは、実績のある大久保俊彦医師の下、人工関節置換術を始め、自分の関節を生かす骨切術を行っている。

*術後長期観察例の研究で長く持つ関節手術を行う
人工関節置換術は、関節の痛みを取り除くことが期待できる手術だが、現在では人工関節の進歩も手伝い、正しく行えば動きや筋力なども出やすくなる。「人工関節をただ埋め込むだけでなく、関節の機能を熟知した上で、長期的に維持できるよう正確に行わなければなりません」と述べるのは、関節外科治療に豊富な経験を持つ大久保医師。
大久保医師は1990年6月から2009年8月までに人工股関節1868例、人工膝関節304例、寛骨臼回転骨切術763例など、多くの手術を行ってきた。「関節の病気で20年以上の長期におよぶ自然悪化例を研究し、どの手術がいつ必要か理解できました。さらに、手術された方の長期経過や入れ替え手術の研究で、人工関節を長持ちさせることが可能になりました」。現在ではその経験に基づき、症例に柔軟に対応した治療を実施。個々の患者に適した人工関節を選ぶため6種類以上の異なる機種を常備し、使い分けている。

*術後の機能回復のため適切なリハビリを研究
また、大久保医師は術後のリハビリテーションも見直し、自身でリハシステムを開発している。手術の際に筋と腱の処置を行うことと関節を正しい位置に作ることで、術後適切なリハ訓練を行えば関節機能を健常な人と同等かそれ以上へ引き上げることを目指せるという。
「術後の患者さんは関節をどこまで動かせるか把握できません。運動指導で動かし方を教え、機能を高めることで、正常域までへの向上が期待できます」と語り、患者に適したエクササイズの研究、指導を行っている。その一環で、横浜市後援の公開講座、体操倶楽部など一般の人への啓発を行う団体を立ち上げ、普及や専門の指導員の育成に努める。

*高度な医療を目指すため関節外科センターを開設
2009年4月、大久保医師は西横浜国際総合病院で関節外科センターの設立に際し、人工関節置換術に取り組む体制を整えた。「25年の関節治療技術の集大成と考え、特化することで、若年から高齢者まで幅広い需要に対応できる医療を行っていきます」
設立から半年を経て診療の体制も整い、患者も増え続けている。今後は、センター用のエクササイズ室を設け、主に退院後の患者に対する機能向上を目的としたエクササイズを実践できるようにする予定だ。「日々進歩する人工関節置換術の技術を取り入れて治療を行うため、海外とも連携して高度な医療に取り組みます」と大久保医師。患者の要望に応じた治療を求め、日々全力を尽くしている。
(注)は90年6月〜09年8月実績     【取材/鈴木 健太】

10/5 神奈川新聞:人工関節手術についてのインタビュー記事掲載

近年の医療の進歩により、さまざまな疾患に対する治療が可能になっている。重篤な関節の痛みに対する治療法として『人工関節置換術』という手術がある。そこで、人工関節について正しい知識を得るために、人工関節のスペシャリストである、西横浜国際総合病院の大久保俊彦氏にお話を伺った。

●人工関節治療について
 医療技術や手術器具の進歩により、人工関節はポピュラーな治療手段となりました。術前の関節や骨の状況を把握し、さまざまな検査結果から、手術法を選択します。壊れた関節を人工関節に置き換えるため、骨の中に人工の土台を埋め込み、正確な位置に適切な角度で設置します。その土台の内側に動く面、いわゆる磨耗する素材を設置するわけです。そうすることで痛みが取れ、以前より関節はよく動き、筋力も増します。年齢、変形の進行速度や、痛い関節をかばうことによって身体の他の部位に支障が出てこないかなどを考慮し、手術の時期を決定することも肝要。最終目標は人工関節が長く使用でき、QOL(生活の質)、いわゆる正常人の機能レベルまで向上させることです。
●関節そのものをよく知ることが大切!
 一般に関節は35歳ぐらいから老化が始まり、問題があれば加齢により悪化することは言うまでもありません。年齢や状況を考慮し、うまく使うことをお勧めします。体重をかけずに動かすことで関節液を循環させ、ストレッチによって筋の血流改善にも努めます。身体の状況に合った適切な時間をかけ正しいフォームで歩く、あるいは足踏みなどを組み合わせます。関節変形が進んで手術が必要になった方は、思うように動けませんので、特別なエクササイズが必要です。但し、術前エクササイズされた方は、やはり手術後の回復が早く、同年齢の正常機能レベルまで到達しやすいです。
●入れ替え手術(再置換術)には経験と技術が求められる!
●実際の手術について教えてください
 人工関節の手術の多くは、臼蓋形成不全(股関節の屋根の部分が未発達な意)や関節軟骨が消失してくる一次性変形性股関節症などによる股関節の適応が最も多く、最終的変形(末期関節症)にて手術となります。人工関節にも寿命があり、摩耗、緩み、破損などで入れ替える時は必ずやってきます。摩耗だけなら、部分的に入れ替えるので、軽い手術ですが、緩み、破損などで土台を替えるとなると、骨の大量移植や、金属の外枠補強などの高い技術と経験が求められます。そのため、医師には人工関節の結末を理解し、どのように技術的に改善すべきかを考慮した上で初回手術をすることが大切なのです。医師や病院を選択する上で、長持ちした人工関節長期成績例を経験しているかという点や、さまざまな状況での再置換術(入れ替え手術)の治療ができるかをしっかりと見極めることをお勧めします。
      運動療法で機能を改善について
●手術後のリハビリの重要性について教えてください
 術後のリハビリテーションが適切になされていれば、体の機能は改善されていきます。入院は2から3週ですが、術後6カ月以上連続してリハビリテーションを行うと筋力が失われにくくなるため、退院後のエクササイズは重要です。ただし、これらを自宅で行うとなると、なかなか困難。そこで、リハビリテーション指導士らとともに、本来人間が持っている体の機能を生かす『メディカルリハフィット』という、運動療法の指導にも力を入れています。
●最後に一言
 高度な医療をより安全に、効率的に提供することが私たち医師に求められていることです。医療の進歩は目覚ましく、『今、いいとされる治療』でも3年後には変わっているかもしれません。移り変わる医療を積極的に取り入れていくことの重要性が挙げられます。これからの若い世代の医師には、患者さんと正面から向かい合い、治療結果を共に喜べるような医師を目指していかれることを期待します。

スローエクササイズの効用

みんなが羨むキン肉マンは、重いバーベルを軽々と上げ、ダッシュ、走りこみで汗をかいているイメージが付きまといますが、果たして筋力を増す方法はそれしかないのか?という疑問が出てきます。確かに人は、運動により痛んだ筋繊維を再修復するとき、筋肉は増強するのは事実だとしても、次第に老化する筋を痛め続ける訳にもいかない。細胞の再性能もおちてくるし、関節にかかる衝撃が軟骨を痛め、靭帯の破損も考えられるからです。そういう点で近年、スロースクワットで話題になった、ゆっくり動いて筋力アップするエクササイズが注目されています。これは脳の成長ホルモンを引き出し、筋力増強を身体に促すため、効果が高いという理論です。また、病院で私が、患者さんに必ず注意してきた事と重なるものです。膝を伸ばすひとつの動作にも、一定のゆっくりした速度で、しかも伸びる限界点へ十分力を入れ続ける、むしろ最大伸展時に3秒ぐらい留まるようなエクササイズで、何処に力が入っているか、確認しながら行うことを奨励してきました。その方が、術後にいい結果が出たからです。皆さんも一度試してみてください。問題なのは、エクササイズで関節痛を引き起こす患者さんが来院されるということです。様々なエクササイズが海の向こうからもやってきますが、話題がないと注目されないため、俳優を媒体としたり、痩せることを中心とした、無理なエクササイズもある事を認識していただき、地味でも健康を得るべき、自分に合ったものを選んでいただきたいと思う次第です。

第6回公開講座を終えて

寒い中、300人もの方にお出でいただき、ダイナスティホールが満杯状態となり熱気あふれる公開市民講座となりました。車椅子の方も5名程お出でになったり、毎回出席される方の激励を聞きますと、この講座を続けてきた甲斐があったと感激しておりますし、主催スタッフ全員が満足しておりました。横浜市からの後援を得ておりますが、当初、(講座という名称もない頃)資金も無く、病院の講堂を使用して、地道に活動をしながら拡大してきた経緯がありますので、感慨深いものがあります。
今回は、特別に焦点を絞り、“進化する人工関節手術”という主題で講演させていただきました。スライドやムービーだけでなく、人工関節手術のデモンストレーションを交え、手術とはどうゆうものか、何が新しいことなのか、何がよくなり、どんな欠点があるのか、などが話の中心ですが、よりわかりやすく、を合言葉にスタッフと内容を練ってきました。笑いもないと眠くなりますので、少しおどけたメンバーも入れて何度もリハーサルを重ねて出来上がったものなのです。また、元来、学会慣れしている医師が多く、解説は専門用語が多くなりがちですので、必ず医療知識の無い方に、予演会に参加してもらい、批評を聞くことにしています。
 また、今回は医療相談される方が多く、最終的には、全員の相談をお聞きする事は出来ませんでしたが、今後の課題にさせていただきました。尚、質問は非常に具体的で、多くの関節がリウマチのため破壊されて歩けない、再手術予定で不安、金属アレルギーがあるため手術が心配など、皆さんの困られている状況が切々と伝わるものばかりで、もう少し時間がほしいと願うばかりでした。 
 講座のもうひとつの柱である、関節外科治療前後のリハビリテーションは大切な問題であり、今回、和田君の脳リハについては、“驚いた、感心した、考えを変えねば、”などの意見が多く寄せられました。痛みは身体の中で、特に脳で改善されたり、変化したりしますので、長い期間、痛いままにしますと、痛んでいない場所が痛く感じたりする異常が起こります。そして、それは直しにくいものとなります。現在、手術により関節機能がよくなる事は確実ですが、痛みが早く取れるか(各人により改善期間が異なるの意)につきましては、手術前の放置された体の状態や、痛みを感じた脳のダメージにもよるのだということを理解していただきたいのです。
タイトルの“進化する・・”とは少し大げさだったかも知れませんが、要するに、まだ現状に満足していない、だからもっと工夫するつもりだ、という事です。現在進行形であると考えていただきたいのです。26年前よりの関節外科治療におきまして、当初の人工関節手術は機種にもテクニックにも問題があり、それを克服して現在があるのです。 海を越えて来た人工関節に熱い期待を寄せますが、何度となく裏切られたものです。海外で数々の症例数がありながら、短期間に緩んでしまう機種もあり、選択に神経をとがらせてきました。次第に安定してきたとは言え、手術も器械も改良しなければなりません。私自身が手術を改良しながら、世界中の情報を集め、何処へでも出向き確認することが大切であると考えております。また、講座では、人工関節の実物展示がありますので、是非、手にとって確かめていただければ幸いです。

Lord of THE NEW ZEARAND その1

羊と氷河、キュウイ(国鳥)やクリ-ミィブルーの湖、大自然が広がるニュージーランドは、まさにロード・オブ・ザ・リングの世界でした。緑の牧草地があるかと思えば、険しく切り立った岩山があり、その裾野より曲がりくねった川が流れている。少しの移動で景色はまったく変わり、バスや電車の中から眺めていても飽きる事はありません。一日の中に四季があるといわれるほど天候は変化しますが、年間を通してマイナス気温になるような事はないようです。また、雨の多い地方もあり、湖や滝が多いのも特徴でしょうか。乾燥した土地は少なく、緑が多く、日本に近い風土かもしれません。自然を大切にしている国ですから、外来種にはかなり神経質で、入国時に登山靴の検査があります。いわゆる靴底の土に外来種がないかの検査です。もちろん空気が澄んでいる事もあり、山々が湖面に映るミラーレイクなどは、看板さえ逆さまに印字してあり、湖面に映る文字を読むようになっています。私が訪れた時期が夏のため、川原にはルピナスが咲き誇りバックのマウントクックの雄姿とあいまって夢の国に舞い降りた印象を受けます。但し、うっかり国定公園のハイキングに出掛けると、その自然の厳しさを垣間見る事となります。私は、クリーミィブルーのテカポ湖(カナダのレイクルイーズと同じ色です)の景色が気に入りましたが、テカポ山頂では、突風に吹き飛ばされ、地面に這い蹲るようにして移動しましたし、体感温度の差が激しく、先ほどまで汗をかいていたのに、風が吹くとどうしてこんなに寒いのか不思議です。また、山頂には、名古屋大学の天体観測所があり、中を見せていただきました。周りに灯が少ない事や空気の影響で観測所が決まるらしいのですが、夜、私も星空ツアーに出掛けまして、南十字星や降り注ぐような天の川を望遠鏡で眺め、羊の国の悠久の星空を堪能しました。まさに、降り注ぐ星たち、であり、昔、旅人や船人は、星を頼りに移動したらしいです。
 “善き羊飼いの教会”という湖のほとりにある小さな教会があります。日本でも取材されている石造りの建物ですが、その古めかしい壁の色が湖と雪をかぶった山々に抱かれ何ともいえない風情をたたえています。日本からわざわざ結婚式を挙げに来られる方もいるそうです。教会の周りのススキのような植物も建物を引き立たせているように思いました。
 この国は、マウイ族が移り住み、基盤を作ったわけですが、クック船長ことジェームズ・クック(James Cook, 1728年10月27日 - 1779年2月14日)はイギリスよりの使者として、血気盛んなマウイ族とうまく交渉し、植民地として発展させたようです。先に、訪れながらも、物別れになったオランダのアベル・タスマンとの違いかもしれません。その、クックの名をとり、ニュジーランドで最も有名で崇められる山がマウントクックです。(マウイ語でアララキといいます。)10回訪れて、7回は雨の日になるそうです。私が訪れた日は晴れ、急いで山の撮影に取り掛かりました。日没は午後9時半、山と氷河が織り成すオレンジのグラディエーションと山頂のまぶしい雪の白さが大自然の彫りの深さを示してくれます。日暮れは急に気温が4度まで下がりハーミテージホテルへ帰りました。このホテルはマウントクックがどの部屋からも眺められ、部屋も広くゆったりで、食事も数々の賞を受賞したパノラマというレストランがありました。ショップはまずまずだが、ホテル内にMt.クックにまつわる映画を数種類上映するホールもあり、この国を理解するのに役立ちました。此処では、ヘリスキー、や氷河湖めぐり、数々のウォーキングトラック(トレッキングのツアーです)などのアクティビティがありますが、私はフッカーバレー・トラックというフッカー渓谷をMt.クック方面へ抜け、氷河湖末端までのツアーに参加しました。
ところが、朝から雨、雨具に身を包んだものの、6時間後の嵐に服も耐えかね、全身水浸しとなり、寒さで中途で引き返しました。それでも、氷河はすばらしく、様々な植物が咲いており貴重な体験ができたと思います。ホテルでは直ぐに風呂にて身体を温め事なきを得ました。ここでも、ロード・オブ・ザリングの一こまを思い出し、時には、厳しいそして美しい自然が広がり、それを懸命に守ろうとする人の姿が見え隠れするニュージーランド、アオテアロア“白く長い雲のたなびく地”(マウイ語)である。

25年を振り返り思う事 (変形性股関節症との関わり)

 私が変形性股関節症という病気に携わることになったのは、偶然であり、なんら計画的なものではありませんでした。医師になった後、私はどの科に入局するか決めきれずに、知り合いの勧めで日本医大の麻酔科に入局し、1年間外科系の手術を見学していました。麻酔科側から見る風景は、まさに興味深いシーンの連続でしたが、自分は見ているだけという観念が抜けきれず、先輩医師への相談の結果、横浜市大整形へ入局する事になりました。先輩には「こんなに、おもしろい学問はないぞ。」と言われましたが、半信半疑で入局しました。 
 昭和61年に横浜市民病院へ赴任し、その頃、市大前助教授の奥山先生の執刀で、人工股関節の手術が盛んに行われておりました。私はその手術のほとんどに助手として入る機会を得、変形した股関節を、まのあたりにしたわけです。手術中、初めて見る人工関節の動きや設置位置や角度、さらには筋肉のダイナミックな動きに驚きと興奮を憶え、術後の患者さんの歩行状態を見に行っては感心したものでした。痛みの激しい末期の患者さんには福音である手術法でしたが、なぜここまで関節は変形するのか、進行を防ぐ手立てはないのか、もっといい治療法はないのかなど疑問は深まるばかりでした。翌年、関東労災病院勤務となり、幸いにも副院長であられた高橋先生のもとで多くの股関節疾患の治療を経験する事が出来ました。特に、寛骨臼回転骨きり術の歴史や考え方、また関節や軟骨代謝についての基本を知りえた事は大きな収穫でした。関節の形を変えて理に適うようにする手術法で、その関節自体の治ろうとする力を利用しているところに目から鱗がおちるという思いでした。
 さらに翌年、市大の股関節クリニックにおいて、治療法の良否を知りたく、変股症患者の術後の状態を徹底的に調査しました。しかし、術式ごとの成績とはあまりにも多くの要因があり、実に混沌とした結果でした。術者の技術的問題、患者さん各々の体の違いなどで成績を測る尺度にも考慮が必要でしたし、手術する時期についてもわからないままでした。そこで、何の手術も受けず、経過を観ているだけで、何年も病院に通っている(外来受診を続けるの意)、いわゆる自然経過例の患者さんを調査したわけです。中には25~30年以上にわたり通院されている患者さんもいて、そのX線変化や歩き方、痛みの具合などすべてが興味深い結果でした。最初はⅩ線写真を並べて眺めておりましたが、次第になんとなくアイデアが浮かび、調べていくうち、手術例と自然経過例の結果を合わせてみると1、股関節は構造的欠陥があると年齢と共に変形の進行する例があり、欠陥の程度と年齢および関節の形により推測可能であること。2、変形は進行するほど悪化するスピードは速くなる。3、若い年代では、必要であれば、骨きり術を中心とした関節温存手術を第一選択とすべきであるが、年齢と変形の進行状況、関節の形により、人工関節も合わせて手段を考慮すべきである。4、リハビリテーションは手術するしないに関係なく大切な治療手段であるが変形を治癒させるものではない。また、リハビリテーションの方法や、やり方を誤るとかえって炎症の悪化を招く事がある。5、関節が破壊されていれば痛みだけでなく、身体の機能があまり失われず、悪くなった股関節を補う他の関節が壊れない事も考えて人工関節の手術を考える、等々、専門的にはもう少し詳しくなりますが、以上のような事が解ったのです。
 それから2年後、思いがけなく私の父までもが変股症となり、末期関節症のため人工関節の手術をいたしました。父の希望で私が手術したのですが、術後父の歩く姿を見ていますと、不思議な運命のいたずらを感じつつ、私はさらにこの病気の深みに入り込んでしまった次第です。また、父は術後17年で人工関節の一部が壊れ、取り替える手術をいたしましたが、その後1年で亡くなりました。生前、「私が死んだら、私の身体を自由に解剖して研究しなさい。」と強く言っておりましたが、残念ながら解剖できず、遺骨の中の人工関節をそっと拾い上げた時の辛さは忘れる事のできない記憶となってしまいました。
 治療後長年にわたり経過観察していきますと患者さん各人、様々な出来事が生じます。そのひとつひとつに対処していくうちに予想された事や意外な事が明らかになってきます。全身的な状況(からだの具合)を知りつつ、患者さんに一番良い治療法を選択してあげる事も重要な使命であると感じます。 最近では、両側変形性関節症を長期にわたり患った患者さんに頻発する腰の病気(腰部脊柱管狭窄症)による歩行障害や変形性膝関節症についても多くの治療に携わり、もう少し進歩した細やかな医療の必要であると考えております。要するに、腰と股関節、そして膝などは同じ体の中で支えあって機能している訳ですから、体の中心にある股関節が悪ければ、その機能を肩代わりしなければならず、大変苦しい状況の中で動いているという事なのです。ですから、悪い関節のままいたずらに長い期間放置されますと(本人はそのつもりではない)、股関節は手術で治ったけれど腰や膝の病気のため歩きにくいとか、あるいは足がしびれてつらい等の問題が生じ、腰や膝の手術も必要になる事があります。運悪く変股症になられた方にとって、長い人生の中で、最小回数で最も効果の高い手術治療を望むわけですから、長い目でみて何が一番よい手段か、リハビリを含む保存加療の方法や開始時期まで十分考慮する必要があります。手術治療であればベストな時期に適切な術式を正確で迅速に行い、手段が偏らない事も重要かと思います。また、患者さんの環境、社会的状況、年齢を考慮しつつ治療する、いわゆる患者マネージメントも大切な事です。そして、痛い足からから開放され生活の質的向上が叶えば最高と言えるでしょう。

1 に運動 2 に食事 3、4がなくて 5 に睡眠

沖縄の島々に百歳以上のいわゆる、超高齢者が多数おられます。ご本人は、周りから、驚異の目で見られることは不思議な様子で、いたって淡々と日々を過ごされています。お酒やタバコを嗜む方もおられますが、ある程度共通している事は、一日に数回、必ず外で歩き、ゴーヤチャンブル、ラフテーなどを規則正しい時間に食され、昼寝など睡眠をとっていらっしゃる事のようです。長い時間をかけて、このようなスタイルになったかもしれません。生活の中で、最も体の調子が良い状態にしたら、今の生活になった、とおっしゃいます。よく考えますと、すべて、あたり前の事のように思えますが、現在の社会の中では困難なことになってしまっているようです。整形外科の外来に、全身が痛い、とか、腰や肩が痛くてだるい、頭痛、めまい、手がしびれる、など多彩な症状を訴える、若い女性の方が来院されることがあります。よく聞くと、大概、仕事がオーバーワークであったり、なかなか眠れないとか、心身のダメージを持っていたりなどで、食事も取る気にならず、ましてや体を動かす事など無縁な方が多いのです。そうゆう方に、私は、基本的に規則的な生活をお勧めします。そして運動で肉体的な回復を図るように促します。本人が変われば周りも変わる事が多いですが、そうでなければ、環境を変えないと健康は遠のいてしまうようです。若く、精神的に強い人ならば可能な事も、そうでない人には厳しい現実があるようです。いずれにせよ、運動、規則正しい食事に睡眠を獲得したなら、痛み、シビレ、肩こり、頭痛など症状は消えます。深みに嵌った感じの厳しい状況にならないためにも、早めの処置が必要だと考えます。薬だけでは解決しない事も多いです。長く生きる難しさを、あるいは単調に過ごす大切さを、南の島に学ぶように思います。 

美瑛の消えない虹

私の記憶に残る日本の風景のひとつに美瑛の丘があります。何キロもうねるように続く丘の向こうには雪をかぶる連山があり、周りにはラベンダーの香りが流れたり、霧がたちこめ丘を隠し、朝日があたると橙色のカーテングラディエーションとなったり、深い雪がすべてを被い尽くしたりと、雄大で変化に富んだ情景が広がります。本来、農地であり仕事場であるはずの場所に、近年、多くの人が訪れる北海道を代表する観光地になりました。近隣に富良野があり、北の国からのロケ地として又北海道のへそ(中心)としても話題になりました。ただ、私は丘が好きです。森や林でなく、畑や草原や花が続く丘の景色に惹かれます。その広大な草原の中に1本のたち木があれば、悲哀を持って眺めます。厳しい冬を冷たい風に負けず、凛々しく立つ木に、自分の人生が重なり、思わず涙します。ある時訪れた美瑛の丘で、虹を見ました。山ひとつ分ぐらいの大きさでしたので、初めは気が付きませんでしたが、道に迷い車を止めて、ふと空を見て、きらきら輝く光の帯に気ずきました。地図をせわしく見ながら行き先を考えている時は前が見えないものです。車を降りて、なかなか消えない虹を見ていますと、今まで出会った人が走馬灯のように思い出されて、人の絆を虹の架け橋が投影しているような気がしました。例えば、私は、いつまでも消えない虹の下に立ち、思い出の人を待つ、そんなロマンがこの地に根ざしているように思います。
 癒しという言葉があるとすれば、物事に必死に突き進む狭間に足を止め、ふと安堵する瞬間の事を言っているように思います。それが郷愁であり、美しい物の鑑賞であったり、悩みを一時的に忘れるる事であったり・・・・・。美瑛では季節ごとに様々な風景が広がり、多くの人に感動を与え、その人なりの癒しをもたらしているという事なのでしょうか。

骨のたわみと人工関節手術

私は人工関節手術を終える時、いつも心がけていることがあります。チタン製あるいは合金の人工関節が、骨の中に設置され患者さんの関節として新しい使命をうけ、動き出す事を、進水式で船を送り出す船主の気持ちで、“長く働いてくれよ”と祈ります。こんなにたくさんの手術を行いましたが、人工関節が骨と接着し関節として人の歩行を助けるとは、実際、不思議な気持ちです。今でこそ、骨と人工物がくっつく事があたり前のようになりましたが、以前はおっかなびっくりだったわけです。20年前に、本当に骨と人工関節がくっつくのか?と、他院で取り出されると聞いた人工関節を調査しに、あちこちの病院をまわり、資料を集め、特殊なカッターで骨と人工関節を切断し、電子顕微鏡で観察した事があります。確かに骨と人工関節はくっついていました。しかし、骨というのは、たわみますし、時に折れます。人が転倒したら、硬い金属と骨との間ははがれるのでは?疑問は次々と生じます。骨ほどたわむ素材は“地球上に無いぞ”と先輩によく言われました。骨の中は小さい空洞がありそれがクッションになりたわむわけです。人工関節が骨といつも一緒にたわむと、くっいた部分にトラブルが少ないのです。そこで、なるべく骨と同じようにたわむ素材が必要とされたわけです。その点、チタンは骨とのたわみの差が他の金属より少ないし、腐食しにくいため、人工関節の素材として脚光を浴びました。現在もっと良い素材も開発中です。後は技術的なことしかありません。手術は実際、骨はどの程度たわむのか?それにより骨の削り方や接着のさせ方(手術方法)を変えます。つまり、骨の柔軟性や密度によるたわみが、手術に影響するわけです。
しっかりとした金属の土台が骨と一体化すれば、長い年月、体の中で働き続けることは間違いありません。人工関節は長持ちしてこそ手術した意味があります。傷が小さいだけの手法など意味がありません。人により骨の性状はかなり差があります。骨粗しょう症の問題と同じです。骨を知る事ーこれは人工関節手術でとても大切な技術と言えます。

荷重時に不安定な膝は先行き不安です

高齢化が進んで、腰や膝が痛い人が増えています。歳を取ると軟骨や骨も弱くなり、関節が痛み出すと昔から言われてきましたが、現在ではどうかと言うと、90歳以上も稀ではなくなり、しかもよく歩いておられる方が多くなりました。家で座りっきりで動かず、という人は少なくなり、町内会の行事に出かけたり、趣味の会合に参加するなど行動的な人も散見されます。そんな中、整形外来におきましては、正座が出来ない、立ち上がりが困難など、膝の変形による訴えは枚挙に暇が無いほど頻回に聞かれます。注射や体操、装具療法、時には水中歩行などよく知られた治療法を根気良く続けられている方も多いと思います。激烈に痛くなることは稀ですが、膝が腫れて、水が貯まります。確かに、9割がO脚で膝の内側が磨り減りやすく、骨や軟骨が弱い女性、それも肥満の方に生じやすい病気です。鮫の軟骨もヒアルロン酸も効果は期待できませんが、特に、全部の体重を支えた時に、膝が横ぶれする方は重症と考えてください。これは、歩行している後姿を見ていただくと、はっきり分かる事だと思いますが、荷重時にがくっと膝が揺れ、痛みが生じる方です。膝の異常な不安定性があると判断されます。そうなると、残念ながらいい治療法は手術しかありません。心臓病や脳梗塞などの病気があり手術が出来ない方以外はタイミング良く、人工関節の手術を考慮するのも方法のひとつです。長寿は歩行から、ということも一理ある話です。自由に歩けなくては、今後の暮らしの不自由さはひとしおです。血圧も上がるし、高脂血症になります。先行きふあんです。そうゆう方は、病院でよく相談し、治療に専念してください。

オーレ エスパーニャ

ロンドンで乗り継ぎし、マドリッドまで17時間の長旅の末、私が目にしたものは、山から平地にいたるまで咲きそろうひまわりやイスラム文化最高傑作のアルハンブラ宮殿、城塞都市トレド、白い街ミハス、そしてガウディ建築物、フラメンコ、など・・。スペインの昔は熱い時代があったのですね。バルセロナでも長い間工事中の場所が点在し、働いている人数の2割ぐらいしか実働しないためで、スペイン人は仕事に情熱のある人が少ないと聞きます。また、芸術家でも、ピカソ、ゴヤ、エル・グレコ、ミロなど、情熱的であるがどこと無く一風変った画家が多い。ゴヤの人食い絵はどうもなじめない。プラド美術館では、時の皇女マルガリータを描いたベラスケスの絵画が印象に残りました。平面に独自の遠近法で3次元の広がりを見せており、同じ絵を、左側と右側からみると異なる奥行きを感じてしまう。この技法は、バルセロナのピカソ美術館でも取り上げていました。
古いイタリア映画に“ひまわり”がありましたが、私はあのラストのひまわり畑を忘れられませんでした。その場面は、スペインのアンダルシア地方だそうです。私は、是非アンダルシアを観光したくて、わざわざ6月初旬に長旅したと言っても過言ではありません。コルドバからセビリアへの移動途中に、そのひまわり畑に立ち寄りました。日本のものより花が大きく、鮮明な黄色でした。富良野と美瑛の畑全部合わせたぐらいの広大な面積に咲き誇るひまわりには、言葉を失う絶景が広がっていました。もう少し見ていたいけれど時間切れで、その地を後にしました。
スペインといえば闘牛かと思いきや、現在、様々な問題があるようです。動物愛護や危険性、で開催日が減っているとか聞きました。施設のみ見学しましたが・・・
アントニオ・ガウディのザグラダ・ファミリアは、よく知られたイエスと聖母を中心に記念碑的な教会ですが、朝10時に見学しても長蛇の列で、一日一万人以上の観光客が訪れるそうです。エレベータで途中まで上がれまして、市内を一望できました。しかし、スリや置引きは横行していますのでかなり警戒したほうがいいですね。私は、2度もショルダーバッグを空けられた上、ズボンの財布を狙われ、おしりを触られた次第です。但し、何も盗まれませんでしたが・・・。いずれにせよいい休暇をいただき感謝しております。

第五回公開市民講座は無事終了

4月26日(土)都築公会堂にて骨・関節研究会主催、横浜市健康福祉局後援、公開市民講座が開催されました。10時30分より歩き方教室が始まり、和田、渡部両氏による個別指導が好評で、多くの方々が指導され、“歩行の奥深さを感じた”と感想を述べておられました。下肢機能測定も併設され、初めての計測に戸惑いながら、自分の機能評価に、首かしげたり、喜んだりと、悲喜こもごもでした。 講演は、浜松医科大名誉教授の高田先生の”脳は若返る”から始まり、年をとっても脳細胞は増えている。また、脳細胞を増やすには、運動やコミニケーション、生きがい、プラス思考の生き方などが大切との主旨でした。健康は、あなたが主治医だ、との力強い言葉に勇気ずけられた方も多いのではないかと思います。第2部の和田講師より慢性・急性腰痛に対する治療を、リハビリテーションの立場から考察していただき、脊椎外科指導医の大沢先生は、手術治療の立場より実際の手術をムービーで説明していただきました。会場より、質問多数で、予定時間を超過してしまいました。第3部は、骨・関節研究会を代表して大久保医師による、“どこまでよくなる私のからだ”のタイトルで、主に膝、股関節手術治療による、体の改善内容と、運動による体の機能改善効果について説明がありました。多くの患者さんの治療経験に基ずく結果、治療のタイミングや治療前の患者さんの状態により、手術治療方法や術後リハビリを変えていく事などが紹介されました。実際の手術ムービーには、驚かれた方も多いでしょうが、術後の患者さんの動く状態をムービーで見られて、さらに驚かれたと思います。次のセッションでは、退院後の患者さんが、昨年、骨・関節研究会により開設された、体操倶楽部でのエクササイズにて、さらに体の動きをよくなった事を、舞台上で披露して下さいました。難しいバランス運動を含め筋力増強、ストレッチを巧みに並べたエクササイズは、退院後の状態とは思えない体の動きでした。インタビュウでは、他のフィットネスでは敬遠されることが多いが体操倶楽部では安心とか、終わると、とてもからだが楽とか、の意見がありました。インストラクターの渡部さん、山本さん山口さんからも、私たちも会員の皆さんの体の動きが良くなる事に驚きの連続です。とのコメントをいただきました。今後も様々な方の健康を願いまして、骨関節研究会の発展を希望する次第です。

体は多くの機能の助け合いの場である

私の外来では、名前を呼んでも、なかなか診察室まで、は入れない患者さんがいますが、ある日の患者さんも例に漏れず、名前を呼ばれてから返事はすれど動けず、大変な思いをされて来院された方でした。Ⅹ線撮影で右股関節が脱臼しており、新しい関節を造ろうと、骨頭が骨盤壁にぶつかっている状態でした。脚を動かすと、とても痛くて歩きずらく、脚の長さも4.5センチの違いがありました。腰も痛いというので、腰の状態を診る為、Ⅹ線撮影したところ、腰の骨はかなり曲がり、今にも壊れそうでした。股関節が動かせず、脚の長さが違うために腰が代償作用(補う機能)をしたために生じた結果でした。腰の関節はその曲がりに耐えかねて、捻じれていました。当然、その状況を改善すべく、元凶の股関節を治療しました。骨の移植を行い、筋・腱を延長し、脚を延長して人工関節の手術を施行しました。その結果、関節はあるべき位置に形成され、動きは良くなり、筋力もめきめきついてきました。また、脚の長さも改善し、歩きも格段にスムーズになられました。ところで腰はどうなったかと、Ⅹ線で診ますと、なんと、直っすぐになっているではありませんか。術前では、腰の骨をつなぐ部分が壊れているように見えましたが、手術治療のタイミングが良かったせいか、別なひとのⅩ線像のようになられた事に術者の私がびっくりしたほどです。もうそれから17年の月日が経ちましたが、その驚きを鮮明に覚えています。体は、どこか問題のある場所があると、必ず補おうとします。それが、遅すぎたか、まだ基にもどれるか、難しい判断ですが、そのタイミングは重要です。機能が支えあっている体のことを考えますと、いつも頑張っている人びとで構成される組織のように感じ、いとおしい感慨さえ生じる次第です。

ギリシャと神話とシュリーマン

昨年、ギリシャとエーゲ海の島々を旅しました。アテネはアクロポリスに代表されますが、ギリシャは島が楽しいです。よく見るエーゲ海写真のとうり、白い家々が断崖の頂上付近に段々畑のように立ち並び、威風を感じます。島と言っても歴史は古く、クレタ島に至っては、アテネより古い歴史と独立した文化(エーゲ海文明)があり、高度な文明の発祥地です。ミコノス島やサントリーニ島もそれぞれに特徴がありすばらしい景観を持っています。そこで、日本と比較してギリシャの特徴を再確認しますと、紀元前からの進んだ文化遺産がある事、ローマ帝国からオスマントルコまで約2000年の支配統治国である事、そしてミステリーにとんだギリシャ神話でしょう。神話については、だれもが聞き覚えのある名前のアポロンとかアフロディ-テなど書物を紐解くと、その成り立ちはどこまでが事実なのか、星座や宇宙にまでいたる見当もつかない話ばかりである。だが、この壮大な話に夢を膨らませ、まさか遺跡発掘まで成功させる人物がいたのだから驚きである。アテネの街中に考古学博物館がありその中心はミケーネ文明の出土品で飾られています。きわめて精巧に作られた金細工にだれもが賞賛するものです。その発掘者がシュリーマンです。彼の生い立ちとその奇跡を辿ると、直線的な生き方とスケールの大きさに驚嘆せざる負えないものです。彼は、ドイツ生まれで貧しかったのですが、小さい頃、神父の父より”ホメロスの叙事詩”を聞かされ感動し、7ヶ国語をマスターしたそうです。ロシアに渡り大商人として成功した後、叙事詩に習い、遺跡発屈を決意し、事業すべてを清算したそうです。商人として十分な富を得た彼は、考古学を極めるべく、まず世界一周の旅に出る。ポンペイ-カルタゴ-エジプト-セイロン-中国-マヤなど、ありとあらゆる遺跡を訪ね日本にも渡り、歌舞伎見物しています。その後パリのソルボンヌ大学で考古学を学ぶ頃は44歳であった。そして、いよいよトロイ遺跡の発掘を始めたわけです。自分の想定のみで行動をおこすやり方にトルコ政府や考古学者の反発を受けるも、いっさい気に掛けず、猛烈な執念でミケーネ文明の遺跡を掘り当てるのです。素人はだしの彼の行動に、最初は首を捻っていた学者の中にも、やがてその活動を賞賛する人も出てきました。トロイの木馬の話など誰も実在したと信じる者などいそうもないのですが、すべてを投げうって信念を貫く業績にただ感嘆するのみです。その後、イギリスの考古学者アーサー・エバンスのクレタ文明発掘があり、ミケーネ文明と合わせて今日の”エーゲ海文明”に確立されたわけです。ギリシャを旅しつつ、壮大な景観と共に、人の情熱と信念に触れて感動した次第です。

関節温存手術(骨きり術、RAO)の今昔

医師の研修が終わり、整形外科で関節外科を始めた昭和60年頃、私は、変形性股関節症の患者さん10~30年の自然経過例(手術をしないで経過をみている患者さんの事)を調査し、何故変形が進行したのか、手術するとしたら最もよい時期は?と、何もわからないまま、Ⅹ線写真と向き合っていたのを思い出します。その後、関東労災病院で高橋先生のRAO 手術を見た時の衝撃は今でも鮮明に残っています。こうして治療するんだよ、と手術後のⅩ線写真が叫んでいるような気がしました。その患者さんの経過を追うことの楽しさは言うまでもありません。治療ですから、何でもうまくいくわけではありませんが、関節治療の道しるべとして私の将来に大きな影響を与えた出来事でした。しかし、現在では、股関節治療の主が人工関節置換術であるがように取りざたされ、寂しい限りですが、自分の関節が存在する事の重要度と生きている関節を再建し機能改善する力量は関節外科医の本質であると考えます。規格内の手術が人工関節なら、骨きり術はリモデリングを引き起こす規格外の手術と言えます。入院期間が長く、筋力回復が遅い手術として今や敬遠されがちですが、その技術は、すべての股関節解剖と股関節手術の基本になっています。関節が”何ものなのか”わかり、そこに手術という技術があるのではないでしょうか。

2008年の抱負

慌しく終了しました2007年、中でも、年末の忘年会を兼ねた研究会の会合では、体操倶楽部の内容や今後の展開について、細かい話し合いがあり、内容十分なうえ、お酒のでる頃には、宴会芸も出現し楽しいひと時でした。私も、酒の勢いで、クロースアツプマジックやROLLYショウなど披露しましたが、いかがなものだったかはわかりません。さて、2008年は北京オリンピックをはじめメタボリックシンドロームの診断治療の本格化、運動器不安定症と高齢者の転倒防止の取り組み本格化など、私の仕事に関係する出来事も多いようです。私事では、人工関節の勉強にヨーロッパ、特に英国とドイツに照準をおいて予定しています。ヨーロッパはアメリカと異なり、個性の強い機種が多いですが、コンセプトはしっかりしているものも多く、日本でも使用される頻度は高くなりつつあります。いかなる手術により、この機種をインプラントしているか興味のあるところです。また、体操倶楽部では、運動器不安定症の治療で以前より提唱してきました、転倒したくないが、転倒するなら安全に、それには安全転倒訓練をすべきという事です。すでに、青写真はありますが、いかにスムーズに事を進めるか、詰めの段階です。結果が出ますと、平衡感覚エクササイズの必須項目となると思います。

人工股関節について &沖縄人工関節学会開催

2007年度は、様々な人工股関節がリニュウアルしました。アルミナセラミックの骨頭が32ミリとサイズアップし、壊れにくく、可動域 (動く範囲) が大きく、しかも安定 (脱臼しにくい事をさす) した機種です。また、金属どうしの組み合わせの人工関節は、骨頭のサイズが36ミリと大きく、臼蓋側 (股関節の骨盤側の事をいう) も金属の場合は、ラムダ率という磨耗の値は不思議に小さくなり (金属どうしの磨耗する部位に体液がはいるため真空状態となり磨耗は少なくなるという意) 磨耗粉が生じにくく、喜ばしいシステムとなりました。どちらも、現在使用中ですが、成績はよく、今後も期待して経過を診ていく予定です。
 今年は、術前、下肢の長さの極端に短くなってしまっている患者さんが多数入院、手術された年でした。4センチ以上も脚を延長した人が、18人、3センチ以上では39人でした。いずれも、麻痺はなく、関節周囲の筋肉が十分な長さとなり、筋力は向上し、体のぶれはなくなり、正座、しゃがみ込み、立ち上がり、階段昇降がスムーズになりました。歩行練習については、20分以上を時速5キロぐらいで行い、腕をふる (特に後ろへ振る姿勢が大切) ように指導しました。尚、腰割りとスクワットは、必ず毎日行う事を基本としています。そして、股関節は腰と連動していますので、腰周囲のエクササイズも重要なことは言わずもがな・・というところです。

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キャメロン先生来日

人工股関節の中でも独創的機能を持つ、S-ROM Stem の生みの親であるキャメロン先生が来日されました。韓国での講演後でしたのでお疲れの事だったと思います。その忙しい中、大口東総合病院を訪問していただき、整形外科で行われた人工関節手術症例に忌憚のないご意見をいただきました。テクニックはもとより、使う人工関節の選択と成績などが話題の焦点でした。人工関節手術以外では、寛骨臼回転骨きり術を代表する、骨きり症例は欧米では、あまり行われていないため、興味を持ったおられました。骨盤モデルを使い、骨きりノミの扱い方を熱心に尋ねておられました。検討会終了後、病棟内を回診していただき、患者さんに先生を紹介しますと、照れ笑いされておられたのが印象的でした。先生はスコットランドの生まれで、医師になられてからUSAに渡られ、幾多の苦労を重ね、トロント大の教授を経て現在至るとの事でした。年間、1000例以上の人工関節手術を手がけているそうです。入院は1年待ちだとか。しかも、少ないスタッフで手術されているそうです。また、先生は、親日家であり、和食が大好きで、シェラトン横浜の和食にて会食しましたが、とても満足そうにしておられました。飾りの利尻昆布まで食されて、お酒は芋焼酎が好みだそうです。先生いわく、日本とスコットランドは考え方や慣習が似ており、共通するものがあるそうです。会食した全員が赤ら顔になり、眠くなったところでお開きとなりました。

タグ : 大口東総合病院にてカンファレンスを行う

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